[ 発信所 ]

好きな作品を発信していきたいブログ

海外のベストレビューを翻訳する -『中二病でも恋がしたい!』

今回は意訳多めです。
各アニメの海外で最も支持されているレビューを翻訳する。

原文はコチラ。(MyAnimeListより)


スポンサーリンク

?


Dec 28, 2012
12 of 12 episodes seen
Overall Rating: 7
821 people found this review helpful

成長するということは簡単なことでは無く、その過程を振り返るたびに恥ずかしくなったり後悔したりすることは常である。真に『大人になる』ということを示すのはなんだろう。独立して生きていける能力、あるいは社会規範への順応であろうか。子供のような好奇心を持ち続けている人は、成長していないのだろうか。おそらくそれは間違っているが、まあ何とも言えないことである。

日本のインターネット文化では奇妙な言葉が使われている。"中二病" すなわち "Eighth Grade Syndrome" という言葉は、傍から見ると不自然なキャラクターを演じる人物を指す*1。子供の頃に魅力的なTVキャラクターを見つけたとき、彼らのようになりきって遊んだ覚えが無いだろうか。

"中二病" は10代の学生がそれを行うことで、しかしその影響は架空の人格がライフスタイル全体を定義してしまう程である。公共の場でそのような行動をすることは恥ずかしいことであるが、また素面に戻ったときにその行動を思い返すことはさらに恥ずかしい。

ああ、哀れなり Yuuta。

「ダーク・フレイム・マスター」として過ごした中学時代を深く後悔した彼は、心機一転して高校生活を普通の学生として過ごすことに決めた。彼は完全に過去を断ち切るために中学時代の同級生がいない高校に入学した。その計画は成功すると思われた……奇抜な服装をした美しい少女が彼のベランダに現れるまでは。

f:id:owlhoot:20170525011555j:plain


Takanashi RIkka という名の少女は現在進行形の中二病だった。そして悪いことに、彼女は最近同じアパートに越してきていて、ベランダで Yuuta が「ダーク・フレイム・マスター」として振る舞っているところを目撃されていた。そう簡単に過去から脱却できるはずがなかった。

結果的に、彼は不本意ながら Rikka の興味を惹いてしまい、新しい高校で普通に過ごすための彼の計画は、毎日のようにちょっかいをかけてくる Rikka の存在によって頓挫せざるをえなくなった。しかし彼はどっちみち中二病を忘れることは出来なかった。なぜならば、彼らが出会うことは、Rikka の「Wicked Eye」によって示されていた運命であったからだ。……おそらく、多分。

『Chuunibyou demo Koi ga Shitai』、略して『Chuu2-Byo』。このタイトルが彼ら二人の関係を強調していることは明らかである。Yuuta と Rikka の2人がこの作品の柱であり、彼らの交流は見ていてとても楽しく、愛らしい。Yuuta と遊びたいがために色々とちょっかいをかける Rikka であったり、気分が落ち込んだ Rikka を励ますために封印していたはずの「ダーク・フレイム・マスター」の仮面を取り出す Yuuta であったり。

魅力的なキャラクター達が幼少時代を連想させる馬鹿げた行動をするのを見るのは、時に懐かしさを感るが、やはり些か恥ずかしい気持ちになる。しかしそれらを可愛らしいキャラクターに演じさせることで上手いこと昇華させている。見事な設定だと思う。『Chuu2-Byo』は可愛さという要素においては完璧で、全く隙が無いと言ってよい。

それぞれ明確な役割を持っているサブキャラクター達もこの作品の魅力を底上げしている。Rikka に忠誠を尽くす中等部の現役中二病な少女 Sanae Dekomori、睡眠をなによりも愛する先輩 Kumin、主人公の男友達の Isshiki。

そしてその中でも最も重要なキャラクターが Nibutani Shinka だ。当初は作中で唯一の常識人だとされていた彼女であるが、実のところ中学時代の彼女はドがつくほどの中二病であった。Yuuta はその事実を知ってしまうのだが、その後の親切さを投げ捨てて何が何でも口止めさせようとする必死な彼女が面白い。

しかし Rikka が Yuuta への気持ちを自覚するようになると、Nibutani の世話焼きで慈悲深い性格の一面が現れてくる。じれじれな関係の二人の背中を押したり、ある時は忌まわしき中二病時代のペルソナを用いてまで、彼らの恋路を応援する。

作品の見た目による第一印象がミスリードを誘ってしまうのはよくあることであり、この作品はその典型例と言える。中二病な少女たちの織り成す日常劇に思われがちなこの作品の実態は、れっきとしたラブストーリーであるのだ。前半のエピソードこそコメディが多めであるが、後半に差し掛かると Rikka の Yuuta への想いに焦点が当てられていく。Rikka にとって"愛情"は全く慣れ親しんでいない感情であり、その混乱のさなか、少女としての人格と中二病としての人格がせめぎあい、彼女は何とかして中二病側の人格を用いて照れや恥ずかしさを隠そうとする。

この自らの内にある愛情を認識して、その感情が積もりに積もっていく過程が、他の何よりも魅力的であった。

f:id:owlhoot:20170525161610j:plain


しかし彼らの間に起こるロマンスは些か拍子抜けであり、思わず感動してしまうようなドラマはなかった。ここにこの作品の欠点がある。『とらドラ』や『あの花』にあるような、恋愛モノになければならない、作品を盛り上げるドラマが足りなかった。アニメ作品で過度なドラマを描こうとするのがそもそも間違っているのだろうか?いや、そんなことはないはずだ。

しかし、この作品には後半の恋愛ストーリーで本格的なドラマを描けない理由があった。その原因はシリーズ前半をコメディ多めで描いてしまったことにある。突然シリアスなドラマが始まり、雰囲気を全く別のものにしてしまったら、当然視聴者は困惑してしまう。この方向転換が非常に困難だったため、後半の恋愛ストーリーがやや物足りなく中途半端なモノになってしまった。

これは出口の見えない問題である。ドラマのクオリティを犠牲にすることで、たしかにYuuta と Rikka の恋物語は自然に見ることができたし、コメディ調から恋愛系にシフトしていく過程も殆ど違和感は無かった。ドラマチックな瞬間もいくらか描かれている。しかしそうなってくると少しくらいは後半にもコメディ要素を入れても良かったかもしれない。アニメ前半の明快なキャラクター達のやりとりはとても面白かったので、後半そのようなやりとりが見れないのはやや残念だった。

さて、この作品の魅力をもう1つ挙げておこう。それは、京アニの豪華な作画クオリティがキャラクターの感情表現をより良いものにしていることだ。可愛いデザインのキャラクターを最高峰のアニメーション技術で描いている。特にファンタジー空間における戦闘アニメーションのレベルは驚くべきものである。因みに私のお気に入り作画ポイントは、Yuuta と Rikka が橋の下で静かに寄り添う背景で、街の光、川面にちらつく明かりが灯っているシーンだ。

f:id:owlhoot:20170525005030p:plain


『Chuu2-Byo』が良い作品であることは確かであり、おそらく貴方は私より後半のラブロマンスを楽しめるだろうし、途中で作品の雰囲気が変わることもあまり気にならないだろうと思う。

しかし、私がこの作品を本当に心温まる話に、非常に楽しいエピソード、過去数年間の中でも最高にロマンチックなカップルがいる完璧な傑作だと評するとなると、おそらく貴方は首を傾げてしまうことだろう。



おまけ:海外の「中二病」を題材にしたMAD作品


  ▼:関連記事

海外のベストレビューを翻訳する 【記事一覧】

海外のベストレビューを翻訳する -『狼と香辛料』

海外のベストレビューを翻訳する -『Re:ゼロから始める異世界生活』(批判多め注意)


*1:このへんの翻訳はちょっと怪しいです